【鉄球失敗?】視聴率90%「あさま山荘事件10日間」人質犯人その後

総括せよ!


https://iirou.com/poa-kettei/

連合赤軍あさま山荘事件 完全版:https://www.youtube.com/watch?v=a4PRM0LOwf0
日本経済新聞社:https://style.nikkei.com/article/DGXZZO0205194009052016000067?channel=DF170320167060
朝日新聞社:http://www.asahi.com/special/sengo/visual/page43.html より引用

目的はなんだったのか?

1972(昭和47)年2月(軽井沢町)
連合赤軍の残党5名が起こした大事件である。
警察官2名・民間人1名が射殺され、
27人もの重傷者が発生した。

視聴率89.7%は、日本最高記録であり、
人質拘束219時間(包囲中)は、
日本最長記録
である。

驚異の視聴率

NHKも民放も8時間にわたる臨時放送を
全局CМナシで放送。

犯人の銃撃、警察の応戦。
血まみれの警官が担架で運ばれる……
生々しい現場がリアルタイムで放映された。
人間が人間を、銃で狙っている……
その恐ろしい様子が、お茶の間に生中継されている。
全国民が、息を飲んで見守った。


平均視聴率50.8%。
昼間から視聴率は70%を超えて鰻登り。
泰子さん救出の瞬間は、89.7%を記録。


銃を構える坂口。
各局が固定カメラで撮影の中、
フジテレビだけが予備の移動カメラを所持し、
犯人たちのアップ画像を撮ることに成功した。

主要メンバー

山岳ベース事件後、連合赤軍の残党5名が起こした。
坂口弘(序列No.3)、坂東國男(No.5)、吉野雅邦(No.7)に加え、
加藤兄・加藤弟の5名である。

総大将はNo.3の坂口弘が勤めた。

坂口弘 (革命左派:25歳)


東京水産大学(千葉県出身)

両親の意に反して共産党に興味をもつ。
大学をあっさり中退し、印刷会社に就職。
男気のある性格であるが、
しばしばキョドることがある。

永田の内縁の夫であり、
革命左派のNo.2であった。
連合赤軍においてもNo.3の地位である。
永田から特別扱いされる立場であり、
森もしばらくはそれを容認していた。
その立場を生かして総括から逃れていた。

妙義山ベース移動前、
「森さんが好きになったから離婚します」
と永田に言われて一方的に離婚された。

あさま山荘事件の主導者


あさま山荘事件では
大将として事件を主導。
死刑囚となるが、まだ執行されていない。


殺された12名や遺族に対しては
深い反省の弁を述べている。

総括反対派

山岳ベース事件では、
暴力的総括に疑問をもちつつ、
かといって反論もできず、
暴行には消極的に加担した。

日本赤軍クアラルンプール事件


人質交換により釈放され出国可能な状態になった。
しかし、
死を免れるチャンスがあったにもかかわらず
超法規的措置による釈放を拒否した。
「私は出ていかない」
「君たちは間違っている」
「私の闘争の場は法廷」
「もはや暴力革命を志す時期ではない」
「武装闘争は間違った闘争です」

死刑判決

殺人16件、傷害致死1件、殺人未遂17件。
死刑判決が下る。

殺人16件はオウム麻原の27件が確定するまでは、
死刑囚における戦後最悪の件数であった。

以来、死刑が確定した後も、
拘置所内で自身の総括を続けている。

死刑執行しない理由

坂東國男を逮捕したときに、
裁判では坂口の証言が必要である。

ゆえに坂東國男の逮捕⇒判決までは、
死刑執行されない見込みである。

坂東國男(赤軍派:25歳)


京都大学中退(滋賀県出身)。
あさま山荘事件では唯一、赤軍派出身。

旅館の一人息子として産まれる。
大学で左翼活動に顔を出し始め、
部隊を率いて銀行強盗などで活躍した。

冷酷で動揺しない性格
躊躇なく同志を粛清する、恐ろしい人間。
優秀だが、サイコパスな一面も。

総括賛成派

山岳ベースにおいては、
坂口とは対称的に暴行に積極的に加担した。
永田洋子と共にメインで総括していたため、
メンバーからは恐れられていた。

連合赤軍最高の戦士


合流前には坂東隊を率いてM作戦を実行。
得意の銀行強盗で活動資金を獲得。
万引きで食料を得るほど極貧だった
赤軍の財政を潤わせた。

山岳ベース事件では冷酷にメンバーを告発し、
動揺も一切しない人間として
部下からは恐れられた。
それゆえ、幹部からの信頼は厚い。

あさま山荘事件では
射撃の名手として多数の警察官を死傷。
赤軍のお手本のような男であった。

端正な顔立ちで冷戦沈着、
さらに頭脳明晰(京大合格)。
熱いハートを持つ坂口・吉野とは
対照的にクールに徹し全体のバランスを保つ。

死刑判決を受けながらも、
1975年に超法規的措置により釈放……
1977年ダッカにてハイジャック成功

難攻不落の「あさま山荘」に篭城したのが
偶然ではなく、坂東の判断の可能性もある。
もしそうなら彼は、生粋のテロリストだ。

事件後……


警察があさま山荘に突入したタイミングで
父親はトイレで首つり自殺した。


逮捕後は40日間黙秘していたが、
父の位牌を見せられて涙する。
「父に申し訳ないことをした」
「12人に間違ったことをした」

母親からは面会を拒絶されている。

日本赤軍クアラルンプール事件


人質交換により解放される道を選ぶ。


その後、中東を拠点として偽造パスポートで
アジア諸国に出入りした形跡があるが、
消息や生死は不明である。

日本赤軍解散宣言無効宣言

2001年に日本赤軍創設者の重信房子が
「日本赤軍解散宣言」を発表。
その直後に、
南米から「日本赤軍解散宣言無効宣言」を発表した。

現在も国際指名手配中である。

吉野雅邦(革命左派:23歳)


横浜国立大学(東京都出身)

父は東大⇒三菱のエリートだが、
父とは違う生き方を望んだ。

東大受験に挫折し、横国大へ。
何度か自殺未遂を起こす。

総括賛成派

印旛沼事件の実行犯であり、
その実績を買われて連合赤軍の幹部に昇進。
山岳ベース事件では、
暴力に積極的に加担した。


行動派であり、積極的な活動は評価されたが、
理論に弱い一面があった。

金子みちよの内縁の夫


金子の総括中に
自分も総括の対象となることを恐れ、
離婚を宣言する。

金子の腹を裂いて自分の子供を
取り出すことに合意した。

無期懲役

主犯ではなかったので死刑は免れた。
地下鉄サリン事件実行犯の林郁夫と共に、
千葉刑務所で服役。

殺人16件は無期懲役囚における
戦後最悪の件数である。

ちなみに、
刑務所では「アサマさん」と呼ばれているが、
本人は気に入らないらしい。

加藤倫教(兄)

成績は平凡、口数が少なく目立たない生徒だった。
兄の影響で京浜安保共闘に参加。

第三次世界大戦を阻止する

彼が過激派に加わった理由は壮大だ。
アメリカのベトナム侵略に日本が加担すれば、
中国にまで戦火が拡大してしまう。
第三次世界大戦になる流れ
何が何でも「自分が」食い止めねばならない……

中二病
をこじらてしまった。
他のメンバーも似たようなものだが。

山岳ベースへ

山岳ベースでは大槻節子に憧れていた。
兄が殺された時に弟と脱走を考えるが、
相互監視が厳しく、断念。

あさま山荘へ

未成年兄弟であさま山荘に立てこもったが、
途中で戦意喪失する。
加藤兄弟の2名は未成年かつ、
主導メンバーでないため罪は軽かった。


事件当時は19歳なので実名は伏せられた。
逮捕後には数カ月ぶりの風呂で気分が解放され、
誰よりも早く自供を開始した。

懲役13年の後、実家の農業を継いだ。

加藤能敬(弟)


工業高校1年で父と大喧嘩をして家出。
逮捕後は12名の殺害をあっさり自供した。

事件当時16歳だったので
保護処分扱いとなった。

あさま山荘事件を起こした5名は
全員がその後もずっと存命した。

難攻不落の城

ここを攻めるのがいかに難しいかは、
一目瞭然である。


切り立つ崖の上に立つ
、難攻不落の旅館。


(https://yaplog.jp/syuutyou/archive/424より引用)
崖の下から攻めれば、容赦ない銃弾の雨

(https://blogs.yahoo.co.jp/jukukou_maru2006/24682509.htmlより引用)

(https://yaplog.jp/syuutyou/archive/424より引用)
崖の上に回っても、道路と崖で守られる


(https://blog.goo.ne.jp/donchansawagi_club/e/より引用)
外とつながっているのは、玄関のみ……
ここは内部に頑丈なバリケードが築かれており、
近づけば散弾銃・ライフル・鉄パイプ爆弾などの
無慈悲な猛攻撃が待っている。
天然の要塞……
まさに、籠城のために作ったような建物である。

この地形で人質をとられれば、
容易に救出はできない。
しかも、
相手はこちらを殺しにかかってくるのに、
犯人は生け捕りの方針。

たった5人の若者に対して、
警察官が手間取ったのも仕方ない。

妙義山ベース⇒あさま山荘

2/5 森・永田が資金調達で下山
ここから、連合赤軍の崩壊が始まる……

坂口が総括対象に

2/8
森(坂口に対して)
「共産主義化をわかっていない」
「今後は特別扱いは許されない」
「(永田と)離婚するしかないだろう」

総括対象者と永田が結婚しているのはおかしい、
という理屈から永田に離婚を勧めた

2/12
坂口が山田の死を電話で森に報告。
悲しそうに伝えたことを森が問題視する。

2/13 永田が離婚宣言

坂口が独断で山田の総括を終了させたことを、
坂東が森にチクッた。

森は坂口が独断で縄を解いたことを批判した。
坂東が再び縛ったことを知り、

「坂東は全く信頼できる!」と笑った。

森がついに坂口を見限った
後ろ盾をなくすために、永田と坂口を離婚させた。

永田
「森さんが好きになったので離婚します」
「共産主義化の観点から正しいと思う」
「縄を解いたことは必ず総括してほしい」

2/14
森が出かけて二人きりになる。

永田「本当はアナタが好きなの」
坂口「もうそれは許されない」
永田「共産主義化のために必要なの」
坂口「もうオレは総括がわからない


「県内の山岳地帯に不振な男女がいる」
この通報を受けて、群馬県警は山狩りを開始。

2/15 それぞれの移動

森・永田は榛名ベースが
警察に発見されたことをラジオで知り、
妙義ベースに移動を開始。

妙義ベースで「気が緩んでいる」として、
坂口・坂東主導で総括が行われる。
ところが途中で坂口・坂東が居眠りをはじめ、
皆も馬鹿らしくなって寝てしまう。

2/16
妙義ベースへ移動中の森・永田は
山狩り中の警察官に職務質問を受ける。

が、撮影だと嘘をつき解放される。

同日 いっぽう坂口たちは……


警察の山狩りで迦葉山(かしょうざん)ベースが
発見されたことをラジオで知る。
妙義山ベースから長野方面に逃走を開始。


徹夜で山を越え、山中で迷う。
軽井沢に偶然到着する。
移動する彼らを、警察は発見できなかった。

ライフルや散弾銃を持つ残党に対し、
警察官は拳銃のみ……
ライフルと拳銃では勝負にならない。
警察は発見できずに、かえって幸運だった。

2/17 森と永田が逮捕

森・永田が妙義ベースに到着するが、
他のメンバーは長野に出発した後で誰もいない。

山狩りの警察官に包囲されていることに、
2人は気がつく。

森「もう生きてみんなには会えないな」
永田(……敗北主義以外の何物でもない)



乱闘の末、2人は逮捕される。
ラジオのニュースで知った残りのメンバーは
2人の奪還を誓う。



ちなみに森は淡々としていたが、
永田は頭を上下左右にフラフラして
精神不安定な様子であった。

2/19午前 軽井沢にて


長期間風呂に入っていなかったため、
悪臭を放つ集団となっていた。
軽井沢駅で不審者として通報された。


これがきっかけで買出し組8名が逮捕される。
植垣康博、ここで逮捕

29名いた連合赤軍メンバーは、
12名が殺害、4名が脱走、8名が逮捕……
残るは、
坂口・坂東・吉野・加藤兄・加藤弟の5名

ラジオで仲間の逮捕を知ると、
残党5名は慌てて移動を開始した。

正午 さつき荘へ

軽井沢ニューレイクタウン内のさつき荘に侵入。
台所の食糧を貪り、休憩。
洗面や着替えも済ませた。

つかの間の休息であった……

午後 銃撃戦

パトカーが近づいてきたので発砲。
警察も応戦して、銃撃戦に。
警察2名を負傷させてから、
5人は山中に逃げ込む。


軽井沢署が緊急報を出す。
「県下の無線は全部黙れ!」
「多数の人員を応援させられたい」

15:20 あさま山荘へ


自動車がある家を探しながら
偶然辿りついた建物が「あさま山荘」だ。
ここを決戦の場に選んだ者は誰か不明だが、
あまりにも籠城に適していた……

あさま山荘事件


ここからの10日間を「あさま山荘事件」と呼ぶ。
山岳ベース事件の最終章である。

2/19(1日目) 人質をとる


管理人と宿泊客は外出中で不在。
管理人の妻、牟田泰子一人きりだった。

牟田泰子を確保し、立てこもりを開始する。
坂口は彼女に状況を説明する。

坂口
「逃げなければ危害は加えない」
「あなたは人質ではない」
「我々が助けを求めた山荘の管理人」

当初は人質を利用して
森・永田の釈放+5名の逃走を
保障させるつもりだったが、
自らの言動によって、
その考えを放棄せざるを得なくなった。

泰子を縛り付けて動けないようにし、
口にハンカチを押し込んで声を封じた。
……思いっきり人質扱い。

説得工作しかない


情報が、何もない。

警察からすれば人質がいるうえに、
まだ応援が足りない。
山中には他に仲間がいるかもしれない。

突入できる体制ではないので、説得を続ける。

残党5名は説得に応じる気はゼロなので、
せっせとバリケードを築く。


森(渋谷署)
「自分が現地で説得して投降させる」
警察
「その前に供述しろ」
森が拒否したため、実現ならず。

森を連れて行けばすぐ終わったような気もする。

2/20(2日目) 説得工作


5人は今後について、話し合いを行う。
徹底抗戦を1日でも長く続けることで合意。

吉野が解放案を出す。
「人質は必要ないのでは?」
坂口「長く抗戦するために必要」
……やっぱり完全に人質扱い。

山荘には宿泊客分も含め、
1ヶ月分の食糧が備蓄されていた。

警察
「兵糧攻めは無理」「説得工作を続行」

【警察庁長官命令】
・人質は必ず救出(最高目的)
・犯人は全員生け捕り
・警察官の犠牲者ゼロ
・警察庁許可なしで銃使用不可

けっこうムチャクチャな命令ではある。

午後、縄を解く

人質の姿がリンチ死した仲間と重なったので、
坂口独断で縄を解いた。
これには誰も意義を唱えなかった。

人質を交えて夕食をとった。

2/21(3日目)

犯人たちは要求を出すわけでもなく、
電話にも出ず、ただひたすら立てこもって
発砲を続ける。

一体、何が目的なのかわからず
警察は打つ手がなかった。

17時 母親の説得


坂口・吉野の母が到着し、
装甲車からマイクで投降を呼びかける

母親
「救世主どころじゃないじゃないの」
「自分を犠牲にするんじゃなかったの?」
「武器を捨てて出てきてね」

坂口弘、吉野雅邦の母親が登場するも、
5人はまったく応答せず。
銃を発砲するシーンすらあった。

坂口
「オレの実家は田舎で花屋をしている」
「今ごろ村八分にされているだろう……」

同時に、心理学者が警察にアドバイスする。
・心理的には犯人側が有利
・隊員を交代制で休ませよ
・情報不足は士気低下を招く⇒情報伝達せよ
・犯人を4時間以上眠らせるな⇒音・照明継続

19時 ニクソン訪中ニュース


犯人たちはテレビでニクソン大統領の訪中を知る。
反米親中の彼らにとっては衝撃であり、
彼らの活動の無意味さが決定的となる。

19:30 謎のオジサン登場

新潟でスナックを経営する民間人が、
警察の阻止線を越えて山荘に近づき、逮捕。

厳重注意の上、23:20に釈放。

2/22(4日目)

午前
「お母さんを撃てますか?」
吉野は泣きながら発砲を続けた。

正午 またオジサン登場


野次馬が山荘に近づいて騒ぎになる。
その隙をついて、
前夜のオジサンがまた玄関先に現れる。

文化人を名乗って
「人質の身代わりになる」と主張。

1人目の犠牲者


警察
「この人は警察ではない」
「民間人だから撃たないように」


坂口(……私服警官か?)
吉野が威嚇射撃する。
それでも後退しなかったので、
坂口が射殺した。

謎の民間人


田中保彦(年齢不詳)。
なぜ人質の身代わりになったのかも不明。
薬物中毒者だったから非公表とのこと。
過去に覚醒剤で逮捕されたらしい。

14:40 警官2名負傷

特型車の後ろに隠れながら接近していたが、
車両と歩調が合わず、凍結した路面で転倒。
ライフルで狙撃された。

一人が右ヒザを、
助けようとしたもう1人は首筋を撃たれる。
こちらは一命をとりとめたものの、
喋れなくなるほどの重症であった。

この大失態により、
警察の主導権争いで長野県警が弱くなり、
警視庁の機動隊が指揮系統となる。

21:10 停電に

犯人たちにニクソン訪中ニュースを見せるため、
あえて電気を通していたが、ここで送電を断つ

山荘内の部屋が真っ暗になり、
周囲の投光器で外周が照らされる。

電気は断たれたが、ラジオは使えた

5・6・7日目

偵察失敗など、
あまり大きな成果は得られなかった。

2/23(5日目) 強行偵察


犯人たちの要求なし、人質は安否不明。
発煙筒や催涙ガス弾を使いながら内部を偵察するが、
ほとんど成果は得られなかった。
作戦失敗。

2/24(6日目) 放水開始


高圧の放水でバリケード破壊を試みるが……


単なる散水に終わる。
作戦失敗。

2/25(7日目) 擬音作戦

銃撃音(録音テープ)や投石で
犯人たちは不眠に悩まされる。

記者会見

対銃撃戦の二重防弾盾300枚が配備される。
前線に土嚢が積み上げられる。

警察の記者会見で、突入を匂わせた

2/26(8日目)

人質から要求があった。
「自分を盾にしないで」
「裁判になっても証人として呼ばないで」

坂口は了承した。

坂東
「爆弾を投げて警官を倒そう」
「引っ張り込んで人質にしよう」
坂口
「縛り上げてベランダに吊るそう」

18:40 寺岡の両親到着

両親が投降を呼びかける。
息子はすでに山中に埋められているというのに……
両親も警察も、寺岡が処刑されたことをまだ知らない
(寺岡恒一は、もっとも残忍な方法で殺された)


寺岡が山荘にいると思い込んで訴える声を、
彼の惨殺に加担した犯人たちは、
ただ黙って聞くしかなかった……

夜 ツマミ喰い

坂東のツマミ喰いを、吉野が不満に思う。
坂口に促され、坂東が自己批判した。

人質に中立の要求

坂口が人質に対して、
警察側にも犯人側にもつかない
「中立」の立場にいることを要求した。

坂口「殺されるまで戦い抜く」
人質「どうして命を粗末に扱うの?」
坂口「戦い抜いて死ぬのは意味があることだ」
人質「??じゃあ、中立を守ります(棒読み)」

Xデー発表


取材合戦での事故や情報漏れ防止のために、
マスコミが集められ、報道協定が締結される。

強行突破は、28日と伝えられた。
機動隊の配備は1500人、突入は125人と発表。

2/27(9日目) 報道協定


報道協定が発動され、
ラジオから事件関連の放送が消える
警察による接近行動も、形ばかりであった。

また軽井沢市長が人質親族に
万が一の事態への了承を得て、
最終準備にとりかかる。

犯人たちが気づく

いつもと違う様子に犯人たちは不審に思う。
明日はこれまでにない接近行動がある、
と直感した……

2/28(10日目) あの日


(週刊サンケイ臨時増刊 より引用)
朝5時に投石が止んだ。
8時には部隊が配備された。

突入開始


10:00 最後通告


レンジャー部隊を先頭に突入開始
10:07 銃撃戦開始

長い長い一日が、始まった……

モンケン(巨大鉄球)


あさま山荘事件といえば、この鉄球シーン
クレーンに装備して建物解体に用いる。
いわば「破壊の鉄球」である。


民間業者の振り回しテクのおかげで、
警察は大いに助けられることになる。
ちなみに、
鉄球のサイズは直径70cm、重さ1.7t


玄関脇の階段の壁に穴が開く。
その穴に激しい放水を行う。

犯人たちがいる3階と、2階をつなぐ階段を破壊した。
突入が続き、激しい銃撃戦が始まる。

「鉄の爪」に装備変更


山荘を破壊しすぎると、建物全体が崩壊し、
崖の下に転落してしまう。
犯人も人質も死亡する可能性が高い。

そこで「破壊の鉄球」で屋根を破壊した後は、
クレーンの先を「鉄の爪」に交換。

屋根を引きはがす作業に入る。
天井から決死隊を突入させる作戦だった。
ところが、
人質が犯人たちと共に3階にいることが発覚。
作戦が続行不可能になってしまう。

さらに警官がクレーンのバッテリー端子を蹴飛ばし
稼働不能にしてしまった。
作戦は中途半端に終わってしまった……

犠牲者続出


11:27
放水車に指示中の警察官1名が射殺……
黄色い旗を振るなど、目立ち過ぎた。


坂東(射撃の名手)の可能性が高い。



機動隊で最初の犠牲者
が出てしまった……

失明


11:47 坂東の射撃が命中。
警察官1名が左目失明……

2人目の犠牲者


11:58
第二機動隊長が土嚢から顔を出したため、
坂東に射殺された。


山荘内ではラジオで状況を把握した。
人質
「銃を発砲しないでください」
「人を殺したりしないでください」
「私を盾にしてでもいいから外に出て」
坂口
「おーい、上の階級をやったぞ!」

正午 作戦休止


催涙ガス弾の使い過ぎ
で突入部隊が
危険な状態になり、中止。
警察の作戦行動が休止状態になる。

大雪で-12.2℃まで気温が下がる。
弁当もクツも凍る。
屋根には何本ものツララ……
氷瀑のようである。

極寒と空腹、極度の緊張感の中、
犯人たちはベッドルームに集合し、
開いた穴の補修や食事を摂る。
加藤兄はすでに戦意喪失

警察側も死者・負傷者が続出。
両者とも、満身創痍であった……

13:29


攻撃中止命令。
1・2階を制圧していた機動隊を交代。
その隙に犯人から爆弾が投げ込まれ
5名負傷。

12:45 カメラマン負傷


近づきすぎたカメラマンが坂口に右足を撃たれる。
これがきっかけで固定カメラ映像になる。

実は、威嚇発砲だったが当たってしまった。

14:40 右腕粉砕

厨房にたむろしていた機動隊に、
坂口が鉄パイプ爆弾を投げ込む。

機動隊の分隊長が右腕を砕かれた。

15:30 空気入れ替え


警察による作戦が再開された。
催涙ガス弾の煙が山荘内に充満する。


煙に溜まりかねた坂口が
窓を叩き割り、換気
をする。


雨戸の中からボワッと大量の煙が出てきた。


16:53
室内で火が出る。

強行救出作戦を発動。
4名の決死隊(銃使用可)が選出された。

大量の放水が建物内に入り、
夜を明かすと犯人・人質双方が凍死の危険があり、
当日中の犯人・人質確保が決定された。

「日没までに人質を救出せよ」

16:32 銃撃戦


催涙ガス弾再開も、火災の危険で中止。
3階内部が次々確保され、
全員がベッドルームにいることが判明。

厨房⇒食堂⇒ベッドルームを進入路を確保するため、
バリケードの撤去を開始。

犯人との銃撃戦が始まる。
追いつめられた5人は、
ライフルや爆弾を総動員して猛反撃した。


機動隊がバルコニーに集結する。


機動隊が屋根裏部屋に入る。

18:10「全員、突入せよ!」


先陣を切った機動隊員が
坂東の射撃により、右目失明。


機動隊の一斉突入は続く。
決死隊と犯人のモミ合い。


18:12
銃撃も爆弾の使用もなく取り押さえに成功。
犯人全員逮捕。


未成年が2人もいて驚かされる。


18:16  人質無事解放となる。

犯人の連行

報道陣の罵声を浴びながら、
犯人が連行された。

坂東が映ると、テレビを見ていた父親が
席を立って自宅のトイレに向かい、首つり自殺

考察

なぜ10日間もかかったのか、鉄球作戦失敗、
犯人たちに同情的だった世論、
いったい何が目的だったのかなどを考察する。

なぜ10日間もかかったのか?

1500人以上動員してたったの5人を
逮捕するにしては、時間がかかりすぎた。

難攻不落の地形


山荘は「切り立った崖」に建てられている。
犯人たちに圧倒的に有利な地形であった。

人質+生け捕り


犯人が「殉職者」として
他の過激派に神格化されるのを防ぐため。

過去には死亡して学生運動の英雄
なってしまった活動家がいた。
そのため、
犯人の生け捕りにこだわった。

そのうえ、人質をとられていた。

犯人の沈黙


一切の主張をしないので、
人質の安否はもちろん、犯人も割り出せない。
何が目的なのかもわからない。
当然、
警察も何をすればいいかわからない。

安否確認や偵察に時間がかかったのもある。

10日待った

待つことで、効果が発揮されることもあった。

・犯人の体力を限界まで消耗させる
・重機や水源の確保の準備期間
・世論が突入を望む空気になる期間

事件の進行具合により、
10日目が最良のタイミングになった。

鉄球作戦と2人の犠牲者

①白田イケメン兄弟(重機会社)がクレーン車を操縦。
②機動隊2隊が1・2階に突入し人質救出、
機動隊(内田隊長)が3階に突入し犯人確保


白田イケメン兄弟と内田隊長は作戦準備から馬が合い、
短期間にもかかわらず、絆が芽生えており、
お互い作戦の成功を誓い合っていた。

作戦①の詳細

警察による予想は、
「人質は2階、犯人グループは3階」であった。

そのため、
まず2階と3階の階段を鉄球で破壊して寸断する。
人質さえ犯人と離せば、圧倒的優位……
そんな段取りであった。

これが、「間違い」であった。

突入!


鉄球を打ち込み、階段を破壊。


機動隊2隊が1.2階へ
機動隊1隊(内田隊長)が3階へ突入!


後方支援として、放水や催涙ガス弾で援護。

ところが、
黄色い旗を振って放水の指揮をとっていた
警察官1名があまりにも目立ち過ぎたため、
犯人に(坂東?)射殺
される。
警察から初の死者が出て、現場はパニックに。

実は、
人質と犯人グループは全員3階にいた。


3階の玄関前で待機する機動隊。


最前線で指揮する内田隊長。

内田隊長の死亡

突入したはいいが、人質がいる。
うかつに手は出せない。
天井から突入する決死隊も突入できなくなった。
圧倒的不利……
犯人たちからは猛烈な銃撃。


そんな中、
白田氏の目の前で、悲劇が起こる。
現場を指揮するために土嚢から顔を出した瞬間、
内田隊長が坂東に狙撃されてしまった。


警察官2人目の犠牲者……
顔面が血だらけで運ばれる姿に、
白田氏は言葉を失った。


あの鉄球は今も見ることができる。

自衛隊の動員をしなかったのは?

当時は対テロの特殊部隊がなかった

人質を無視して犯人を射殺するだけなら
警察でも短気に解決可能である。
人質も犯人も生かして確保だったから、
時間をかける必要があった。

内戦になってしまう

このケースで自衛隊を出動させれば
海外からは「内戦」と認識される。
日本政府が国内統治に失敗した
世界に対して宣言するも同じ。

素人の若者5人相手にすることではない。
世論がそれを許さない。

仲が悪い

母体は警察庁と防衛省である。
つまり、警察と自衛隊は仲が悪い
お互い借りを作りたくない。
あと警察と違って、自衛隊は「救出」が苦手。

現在は警察にもSATのような特殊部隊がある。
人質を殺さないように急所を外して狙撃し、
今ならもっと早く解決できるかも。

目的は何だったのか?

山岳ベース事件の段階では、
「活動拠点を作る」という明確な目的があった。

しかしこの事件は、
革命の序章ではでなく、崩壊の結末であり、
ただ単に追いつめられて籠城しただけである。
窮鼠猫を噛むとか、イタチの最後っ屁のようなもの。

そのため「あさま山荘事件」そのものに
具体的な目的を見出すのは難しい。


強いていえば、目的は「徹底抗戦」であろう。
命を懸けて権力と戦うこと自体が目的というか、
彼らの「使命」だったわけである。

左翼に同情的だったのは?

当時、左翼過激派にマスコミは好意的だった。

権力に立ち向かう勇者……

視聴率をとるために警察を悪役に仕立て、
左翼ゲリラを英雄的行動として報道したため、
エールを送る若者も多かった。

実はこのとき、山岳ベースでの大量殺人は
まだ明らかになっていなかった……

事件後

あさま山荘事件が収束により、幹部全員を確保。
逃走していたメンバーも次々に出頭し、
残り17名全員が逮捕された。

山岳ベース事件の発覚、人質バッシング、
クアラルンプール事件、ダッカ空港ハイジャック、
カップラーメン大ヒット、映画化決定など、
まだまだ話題は尽きない。

山岳ベース事件の発覚

逮捕者の供述から、
12名のリンチ殺人が発覚する。


現場を掘り起こす警察官たち。
鼻をつく死臭……
この下に、死体があることを確信する。


つぎつぎに死体が運び出される。



変わり果てた姿に、泣き崩れる遺族。


山岳ベースで12名の凄惨死体が発見される。
それも、集団リンチによる連続猟奇殺人……
この発覚により、世の中は衝撃を受ける。

世論が手のひら返し

当時の日本は、戦争経験世代が中心なので
現代の日本人とまったく価値観が異なる。

メンバーの革命思想を応援していた若者や
面白がって見ていた野次馬、
彼らに同情的だった国民の目が一気に覚める……

これは革命の火蓋が切って落とされたのではなく、
過激派集団の終焉であったことを知る。
事件後、左翼活動が一気に減退していく。

この事件の10日間など、
連合赤軍崩壊における最後の1シーンに過ぎなかったのだ。

あさま山荘事件などより、
山岳ベース事件の方が遥かに重大事件である。

【12名リンチ殺人】連合赤軍とは?「山岳ベース事件」被害者画像一覧
え?総括?? なぜ「大量リンチ殺人」に発展したのか? 山岳ベース事件では、わずか2ヶ月のあいだに 29名のメンバーのうち、 12名が惨殺された。 有名な「あさま山荘事件」は、 山岳ベース29名の残...

人質バッシング

218時間に及ぶ拘束の末、
牟田泰子(27歳)を救出。
低体温症だったが無傷で奪還できた。

インタビュー

記者「退院したら何をしたいですか?」
泰子
「みんなと一緒に遊びたいです」
「5人はいい人だし、親切だった」
「犯人は紳士的でした」

これに対して、一般人が激怒。
「人が死んでんねんで!」
「遊びたいとは何事だ!」

警察も激怒。
「3人も射殺した犯人を紳士とは何だ!」

入院生活を盗聴

朝日新聞記者が牟田さんの病室に盗聴器を仕掛け
警察の事情聴取を盗聴した。

食事は毎回犯人らが運んでくれ、
心を通わせたかのようにスクープしたため、
バッシングされるハメになる。

プライベート暴露


(アサヒグラフより引用)
マスコミの偏重報道により、
嘘泣き泰子、偽善者などと呼ばれるハメに。

しかし実際はごった煮を一度食べただけで、
あとはバナナかコーラを飲んだだけ。
トイレ以外はベッドルームから出られず。
トイレも縛られたまま行った。

バッシングがプライベート暴露につながり、
トンでもないことまで掘り起こされた。

隠された秘密


九州で公金横領がバレ、愛人と二人で駆け落ちし、
長野県軽井沢町まで逃げてきたらしい。
若い夫婦が突然、宮崎県から長野県に引っ越すのは
ちょっと怪しい……

警察としては、犯人を悪役にしたかった。
犯人をいい人扱いする彼女には、
メディアには登場してほしくなかった。

警察
「あなたの過去を全て消してあげる」
「マスコミにはもう出ないように」

以降、彼女はメディアに
姿を見せなくなってしまった……

彼女が事件のことを一切話さなくなったのは、
マスコミの偏重報道により誤解されて
バッシングされたのが原因とも、
九州での横領を隠すのが目的ともいわれる。
真相は、闇の中である。

クアラルンプール事件


あさま山荘事件から3年後に
日本赤軍がマレーシアで起こした事件(1975年8/4)。

武装した日本赤軍5名が
マレーシア首都(クアラルンプール)の
アメリカ・スウェーデン大使館を占拠し、
職員52名を人質にとった。

人質解放を要求

人質解放の条件として、赤軍派7名の釈放を要求。
坂東は釈放を選び、クアラルンプールに移送された。
坂口は釈放を拒否した。

日本政府はテロに屈し
「超法規的措置」として釈放を決定。
拒否した2名を除く、5名を出国させた。

ちなみに、
マレーシア政府は強鞭策により、
一気に解決しようとしていた。

ダッカ日航機ハイジャック事件


クアラルンプール事件で味を占めた日本赤軍
2年後にバングラデシュで起こした事件(1977年9/28)。
坂東も参加していた。

武装した日本赤軍5名がムンバイ⇒羽田の
国際線(JAL)をハイジャックし、
途中の首都ダッカの空港で緊急着陸。

人質+身代金を要求

日本政府に16億円の身代金と、
拘束中の活動家9名の釈放を要求。
(その中には植垣康博が含まれる)

「回答がない場合は、順次人質を殺害する」
「アメリカ人の人質から殺害する」
アメリカのカーター大統領の友人が乗っていた。

犯人
「今、タムリミットは過ぎた」
「予告通り処刑を開始する」


その友人を殺すという通信のカウントダウン5秒前
犯人の要求を全て呑む回答がなされる。
16億円の身代金と共に赤軍派メンバー6名が釈放された。
(植垣を含む3名は釈放拒否)

植垣
「日本に残って連合赤軍問題を考えなければならない」

156名を爆発炎上させれば、
補償はもっともっと高くつく。
16億円なら採算が合う、との判断だった。

「一人の生命は地球より重い」
キレイ事により面倒を避けて保身を行い、
またまたテロに屈した。


テロリストに活動資金まで与えたチキン采配は、
国内外から大きな批判を浴びた。
「日本はテロまで輸出するのか!」

英雄と呼ばれるか、
テロリストと呼ばれるかは時代が決める

1人殺せば犯罪者、10人殺せば精神異常者、
100人殺せばテロリスト、
100万人殺せば英雄と呼ばれる。

みんな、やってることは同じなのだ。

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カップヌードル


(https://entert.jyuusya-yoshiko.com/capunu-asam/より引用)
1971年に日清が発売したが、
あまり売れなかった。
袋麺が20円だったのに対し、
カップ麺は100円と高額だったからである。
その翌年、あさま山荘事件が発生。


あさま山荘事件の現地は、
配給される弁当すら凍るほどの極寒であった。
放水により、氷瀑のようなツララができるほど。


(文藝春秋より引用)
そこで湯気を立ててハフハフ頬張る隊員が映った。
国民「あの食べ物は何だ?」


(https://style.nikkei.com/article/DGXZZO0205194009052016000067?channel=DF170320167060より引用)
事件前の1971年には2億円。
事件後の1972年には67億円。
明らかに「あさま山荘事件」で大ブレイクして、
33.5倍も売り上げた。

映画

突入せよ!あさま山荘事件


(原田眞人監督2002年5月公開)

警察側の視点で描かれている。
20~30%脚色されている感じ。

実録・連合赤軍 あさま山荘への道程


(若松孝二監督.2008年)
人質となる牟田康子の横領・駆け落ちシーンもある。

連合赤軍側の視点で描かれているが、
肝心の総括における心理描写が弱い。
低予算映画なら、
そこにもっと踏み込んでほしかった……

山荘内での会話シーンは評価できるが、
低予算過ぎてドンパチにまったく迫力がない。

とはいえ事件の要点はわかりやすく
まとめられている。

次にこの事件を映画化する人がいたら、
学生運動とあさま山荘事件の部分は
サラッと流すだけでいい。
森が自身の意味不明理論にのめり込んでいく過程や
山岳ベースでの会話・心理描写
徹底的に掘り下げるべき。

この事件は、オウム真理教事件との共通点も多い。



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