あの値段はどうにかならないのか

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ゲーム機の世代

1970年までは業務用のみであったが、
その後、ゲーム機が登場する。
ゲームセンターがメインであったが、
70年代後半になると家庭用が普及し始める。

1980年代中盤、
任天堂のファミリーコンピュータが登場。
爆発的に普及し、1家に1台状態となる。

第1~第3世代

1970年代前半~1980年代中盤。
スペースインベーダーやピンボールなど。
この頃は単純な作業ゲーしかなかった。

ゲームはゲーセンでやるもの。
アーケードゲームは1回100円だった。
子供にとっては高級すぎる遊び。
正月とかに親とボーリングに
行ったときくらいしかできなかった。

ゲーセンは薄暗い施設であり、
不良の溜まり場でタバコ臭かった。
子供だけでゲーセンに行くと、
親や学校から怒られた。

第3世代

1980年代中盤にあたる。
現代のゲームの元となるような
複雑な操作が可能となった。

任天堂ファミリーコンピュータが
世界的に普及。
追随してセガ・マークⅢなどが発売。

色の表示性能は数百色といったレベルで
単純な色しか表現できなかった。

いままで公園で遊んでいたのが、
ファミコンの登場で室内でも
遊ぶようになった。

「ドラクエをしている」
この高揚感は今も忘れない。

第4世代

1980年代後半にあたる。
スーパーファミコン・PCエンジン
メガドライブといった機種が代表的である。

数万色を表示できるようになり、
複雑な色を表現できるようになった。

自分の家にゲーセンのマシンが
来たような感覚だった。
あの高級な遊びがタダでやり放題である。
ゲームをしているだけで高揚感があった。

個人的にはこの段階の進化が
一番インパクトがあった。

第5世代

1990年代前半にあたる。
プレイステーションが代表的である。
最大1677万色を表現、
ドットは粗いが3D表示も可能となった。

それまでカートリッジ型であったソフトが
CDになる。

もうゲーセンに行く必要はない。
この頃からゲーセンが衰退していく。

第6~8世代

第6世代 プレイステーション2
DVDを使用。

第7世代 プレイステーション3
ブルーレイディスクを使用。

第8世代 プレイステーション4
プレステ3の3倍の処理能力を誇る。
ひと昔前に何十万円もしたパソコン以上の
性能である。
もはや、ゲームは家でやる時代である。

ゲーセンはUFOキャッチャーや
コインゲームがメインの明るい施設に変化した。
女子高生や家族連れで賑わっている。

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