ポア決定!



どんな人物・役割だった?

オウム真理教事件で
前代未聞の7名同日の死刑執行。

2019年には天皇の生前退位、
2020年には東京五輪を控えており、
祝賀ムードに水を差すことになる。

ゆえに死刑執行は、
2018年しかなかった。

麻原彰晃(63歳・当時40歳)東京拘置所
井上嘉浩(48歳・当時25歳)大阪拘置所
遠藤誠一(58歳・当時35歳)東京拘置所
土谷正実(53歳・当時30歳)東京拘置所
中川智正(55歳・当時32歳)広島拘置所
新実智光(54歳・当時31歳)大阪拘置所
早川紀代秀(68歳・当時45歳)福岡拘置所

1995年5月 サティアン突入で浅原逮捕。
2018年1月 すべての刑事裁判が終結。

麻原逮捕から23年もの歳月がかかった。
起訴189名、無期懲役5名、死刑13名。

オウム真理教とは?

空中浮遊の写真で話題になり、
自分探しの信者を集めていった。

すべての事件を合計すると、
死者行方不明者30名以上、
負傷者6000名以上。

日本犯罪史上、最悪の凶悪事件。

逮捕後の麻原
「すべて弟子が勝手にやった」

松本 智津夫(麻原彰晃)


カルト宗教兼テロ組織である、
「オウム真理教」の教祖兼テロリスト。
13の殺人事件で27名を殺害。

1955年 熊本市の貧困家庭に誕生
1961年 盲学校へ(左目が盲)
 (強い権力欲から暴力で支配)
1980年 ニセ薬で逮捕
1984年 オウム神仙の会設立
1987年 オウム真理教設立
 (救世主となって日本支配を目論む)
1990年 衆議院議員立候補
 (惨敗により無差別テロを決意)
1991年 メディアに精力的に出演
1995年 一連のテロ事件で逮捕
2000年 会話不能になる

選挙での大敗が節目である。

真相も謝罪も語らぬまま、
東京拘置所で処刑された。

ヤリたい放題

女性信者100人以上を愛人とし、
性の儀式を行い15名の子供がいた。

長い黒髪の処女を物色して
夜の面接をしていたとのこと。

精液を愛人同士で口移しさせたり、
マニア向けAV顔負けの
プレイを堪能していた。

超越神力

信者の悪行・愚行は
麻原の超能力で見抜かれていた。
考えていることも見抜かれていた。
この超常現象により、
誰も麻原には逆らえなかった。

実は村井が陰でチクッていただけである。

国家転覆計画

選挙に惨敗して、
「今の人類はポアするしかない」
「私は日本の王になる」
「サリンを70トンぶちまくしかない」

実は地下鉄サリン事件の後に、
軍用ヘリを用いて上空から
サリンやボツリヌス菌を散布して
世界中で大量殺戮する計画があった。

2000年に精神崩壊


獄中で糞尿を垂れ流しながら
叫んだり独り言をいうようになり、
ついに会話不能状態になった。

全身ウンコまみれなので
風呂場に連れて行くと
汚物が飛び散ったとのこと。

弁護士や自分の娘との接見では、
オナニーをして射精に至った。
3人の娘たちは接見時間の30分を
自慰行為を見ながら絶句したまま
過ごしたという。

晩年はどう過ごしたか謎である。

精液と糞まみれの隔離独房で
奇声を発しながら四六時中オナニーを続け、
その姿は廃人そのものであった。
……との噂がたっている。

井上嘉浩(諜報省トップ)


京都の名門である洛南高校2年で
オウム神仙の会に入信。

夫婦仲が悪い家庭で育ったので
麻原を理想的な父と慕った。
そのため、
話し方や動きが麻原そっくりである。

よく嘘をつく性格で、
裁判でも責任転換などで
自分の責任を軽くする傾向があり、
証言の信ぴょう性が疑われた。

オウムの申し子

スパイ活動や誘拐、襲撃を行う
裏の実行部隊を指揮していた。

薬剤師リンチ殺人事件では
「汚いw」「断末魔がすごいw」
などと面白がっていた。

VXガス襲撃や拉致に関与し、
地下鉄サリン事件でも
現場のまとめ役を担った。

また勧誘の才能があり、
1000人以上を入信させた。

事件後

1995年の逮捕後に洗脳が解け、
オウムから脱会したと主張。
他の信者にも脱会を促した。
麻原も教団も何一つ必要ない
言い切っていた。

最後の故郷

二度と故郷を見ることもなく
この世を去るつもりであったが、
執行前に東京から大阪拘置所に移送された。

移送中にに故郷を見たことを
支援者に手紙で綴っている。
どんな気持ちだったのだろう。

遠藤誠一(第1厚生省トップ)


帯広畜産大学⇒京都大学大学院卒。

ボツリヌス菌・炭疽菌・ペスト菌といった、
細菌兵器の製造トップである。
これらを日本中・世界中にバラ撒く
恐ろしいテロが計画されていた。

しかし、
遠藤の細菌兵器は失敗の連続であった中、
土屋の化学兵器が好調なことで
2人は不仲になる。

そこで、
厚生省が第1と第2に分けられた。

遠藤
「尊師は未来仏なので執行しないでほしい」
麻原の洗脳は最後まで解けなかった。

ちなみに、
麻原四女の婚約者であった。

土谷正実(第2厚生省トップ)


筑波大学卒⇒大学院中退。

サリンやVXガスといった、
化学兵器の製造トップである。

麻原への忠誠心が強く、
法廷でも化学知識を
誇示する発言が多かった。

検察
「悪魔に魂を売った殺人化学者」

生い立ち

裕福な家庭で育ち、活発で人気者。
高校時代はラグビーの中心選手であった。
性格は激情で超真面目。

大学でラグビー部に入部。
直後に大ケガを負い退部。
酒浸りの生活や親との確執、
恋人ともうまくいかずに精神を病む。

「体を傷つければ心の痛みを忘れられる」
自らの体をナイフで切り、
解放される感覚を得る。
「この気持ちを説明するのは宗教だ」

麻原の本に感銘し、
オウムにのめり込んで大学院は中退。

更生施設へ

学習塾生徒を勧誘したり
迷惑行為を行うようになったので
土屋は更生施設に押し込まれた。

教団は街宣車で教団の歌や麻原の説法を
朝から晩まで流すなどの奪還工作で対抗。
近所に誹謗中傷のビラも配った。

オウムをやめたフリをして出所。
その後脱走して富士山総本山に出家した。

「自衛力を持たねば教団が潰される」
修行僧のように
化学兵器の開発に没頭した。

逮捕後

「職業は麻原尊師の直弟子」

検察が殺人化学者を連呼し
死刑を求刑すると、
「何言ってんだバカ」
「お前、何笑ってんだ」
などと怒鳴りつけた。

一度も実行犯となることはなく、
製造方法の確立をしたのみであったが、
無差別大量殺人に使われることを
知っていた上での製造のため、
死刑判決となった。

洗脳が解けた

麻原の予言がインチキであったことが
逮捕後に次々と発覚。
信仰心は薄れていく。

麻原の精神崩壊や異常行動が
掲載された雑誌を読んだ。

「弟子をおいて詐病に逃げた」
麻原への信仰心がなくなる。

死刑執行された7名のうち、
唯一、再審請求をしなかった。

中川智正(法皇内庁トップ)


京都府立医科大学卒。
麻原の主治医を務めた。

学業は非常に優秀であり、
明るく温厚な性格であった。
土谷と遠藤の不仲は、
中川が緩衝材となっていた。

麻原の著作や教団のコンサートで
感銘を受け、神秘体験を経て入信。
「もう俗世では生きていけない」

入信後

オウムが行った
凶悪事件のほとんどに関与。
土屋と共にVXガスやサリンといった
化学兵器の製造を行った。

坂本一家殺害事件の功績により、
麻原の側近に取り立てられる。

11の事件で25人の殺人に
関与したとして、死刑判決を受ける。

新実智光(自治省トップ)


愛知学院大学。

オウム真理教最凶の幹部
コイツは本物。
目つきからして違う……

オウム初期のセミナーから
参加している古株の1人。
麻原に心の底から陶酔しており、
側近中の側近であった。
7件の殺人事件すべてに関わる。

松本サリン事件では現場の警戒役、
地下鉄サリン事件では
実行犯の送迎役を担った。

連行されるときの
不気味な笑顔が印象的である。

検察
「最も血なまぐさい役割」
新実
「尊師の指示であれば殺人は喜び」

オカルト好き

高校時代からオカルト雑誌を愛読、
複数の新興宗教に通った。
地元で目撃した2度の電車自殺に
衝撃を受け、死に興味をもつ。

オカルト雑誌に載っていた、
麻原の空中浮遊記事がきっかけで
セミナーに参加するようになる。

神秘体験や体調回復など、
多大な幸福感を得る体験を経て、
「麻原に一生付いていくほかない」
と確信する。

ミニ麻原

坂本一家殺害後は信者の監視役に。
違反・脱走信者の拷問を担当。
多数の死者を出す。

針を指先に刺し込んだり、
50度の熱湯に20分入れたり、
苦痛を与えることを楽しんでいた。

地下鉄サリン事件で多くの人が
苦しんでいるのを見て、
「グルの意思を達成できて嬉しかった」

逮捕後

「尊師と一緒に処刑されたい」

オウムの正史を残すためとして
事件の全貌は正直に話した。
11件の事件で26人の殺人に関与し、
死刑判決。

「謝罪するつもりはない」
「すべては因果応報」
「罪のない人が亡くなったのではない」
「亡くなったのは原因があるから」
「すべてはシヴァ神の意思」
「死刑執行に備え転生の準備をする」

最後までオウム事件を正当化していた。

早川紀代秀(建設省トップ)


神戸大学⇒大阪府立大学大学院卒。

社会人になってから超常現象や宗教、
精神世界に没頭するようになり入信。

元大手建設会社社員であり、
建設省トップとなる。
土地買収やサティアン、
サリンプラントの建設を指揮した。

またロシアを頻繁に訪れ、
機関銃などの武器を調達していた。

選挙では立候補はせず、
対立候補のポスター剥がしなどの
裏方で支援していた。

裏のトップ

年長者として麻原の信頼が厚かった。

若い信者が多かった中、
年長者であったこともあり、
影の司令塔として、
一連のテロを主導。

坂本一家殺害事件の実行犯など、
7つの事件で起訴され死刑判決。

オウム3大事件

①1989年11/4 坂本弁護士一家殺害事件(死者3)
②1994年6/27 松本サリン事件(死者7)
③1995年3/20 地下鉄サリン事件(死者13)

その他、
異臭事件・襲撃事件・毒ガス事件
爆弾事件・拉致事件・細菌バラ撒き事件、
信者殺害事件・リンチ殺人事件……
数えるとキリがない。

①坂本弁護士一家殺害事件


オウム問題を担当していた
坂本弁護士の一家3名を殺害した事件。

坂本弁護士とは

オウム真理教被害者の会を発足し、
教団を批判・追及していた。

オウムの宗教法人の取り消しなどの
民事訴訟の準備に入っていた。

被害者の会
「空中浮遊を公開の場で行え」

ポア決定

坂本弁護士の存在は、
翌年(1900年)の総選挙や
今後の教団の発展の邪魔となる。

浅原
「今ポアすべきは誰だと思う?」
「坂本弁護士をポアだよ、ポア」

11/4の夜決行

幹部6名で坂本弁護士の自宅へ。
川の字に寝ている親子3名を発見。

坂本弁護士(33)、
妻(29)の首を絞めて殺害。

 妻「子供だけは……」
幼い龍彦ちゃん(1)の首を新実が絞め、
中川が口を押えた。

中川がオウムのバッジを現場に落とし、
オウム犯行説が浮上。
しかし事件は風化していく。

事件の風化

坂本弁護士が共産党系であったため、
警察は捜査を手抜き。

オウム側がさかんにテレビに出演。
麻原もたけしやとんねるずなどの
有名人と対談し潔白を主張。
世間の疑いも薄れていった。

事件が風化し、真相解明まで
15年以上かかることになる。

1995年に真相解明

1990年に教団を脱走した、
岡崎一明(死刑)が自首。

彼の証言をもとに遺体が発見され、
事件は解明していく。

②松本サリン事件


長野県松本市で行われた、
死者8名、重症者600名の
化学兵器テロ事件。

化学兵器を一般市民に対して
無差別に使用した世界初の事例
発生直後は事故か事件か自然災害か
まったく不明であった。

実験的な犯行

浅原は東京での大虐殺の前に、
田舎でサリンの実験をしたかった。

支部と食品工場の土地買収で
反対運動や裁判となっていた
松本市をターゲットに選定する。

決行

新実
「これからガス撒きに行きまーす!」

実行犯らは、
魔法使いサリーの歌を車内で
合唱しながら現場に向かった。
(教団内でサリンの隠語)

22時頃、
裁判官官舎前で村井が
サリン溶液を噴霧した。

その2時間後には、
もう5名が死亡していた。

迫る強制捜査

松本サリン事件は
前例がないため捜査は進まない。

サティアンで異臭騒ぎを起こした
オウム真理教に注目が集まった。
しかし、
タイミングよく阪神大震災が発生。

1月は阪神大震災の影響で
警察もオウムどころではなかった。

地下鉄サリン事件へ

3月になって状況が落ち着くと
オウム強制捜査の噂が流れ始める。

震災によって強制捜査を逃れた、
浅原は考えていた。
そのため、
阪神大震災に匹敵する事件を起こそうとする。

 浅原「1月は震災で強制捜査がなかった」
 村井「地下鉄にサリンを撒くのは?」
 浅原「それはパニックになるな!」

地下鉄にサリンを撒くアイデアを出した
村井(教団No.2)が現場の指揮を
とることになった。

地下鉄サリン事件


死者13名、負傷者6300名の
国内史上最悪のテロ事件

平時の大都市において、
化学兵器を用いた無差別テロが発生。
世界中に衝撃を与えた。

ターゲット

政府関係者の利用が多い
霞ヶ関駅に乗り入れる3路線を
(丸ノ内線・日比谷線・千代田線)
ターゲットにした。

大量殺人を目的に、
朝の通勤ラッシュに行われた。

偽装工作

事前に自作自演することで、
捜査を攪乱させたり、
世論をオウム側に向ける目的で行った。

オウムに好意的な宗教学者宅を
爆弾で襲撃したり、
オウム青山道場を火炎瓶で襲撃した。

偽装工作の後、
地下鉄サリン事件を決行することになる。

決行

1995年3月20日朝。
実行犯らは500ml程度のサリン溶液を
地下鉄車両内に1人2パック持ち込んだ。
傘の先端で穴を開けて放置し下車。

サリンが充満し、
4つの路線で死者・重症者が続出。

事件後、教団本部

浅原
「ポアは成功した!」

テレビで死者が出たことを知り、
新実が大はしゃぎした。

浅原
ポアされて良かったね、と1万回唱えなさい」

ちなみに、
オウム関連会社の飲食店には
「ポアカレー」なるメニューがあった。
決して毒が入っているわけでなく、
単なるチキンカツカレーであり
安くて旨いと評判であった。
 ※人件費ゼロなので安い

捜査は難航

教団ではサリン製造に
使用可能な薬品が発見された。
しかし、
農薬プラントであると主張。

他に決定的な証拠もなく、
逮捕する容疑もなく、
これ以上捜査できず。

村井刺殺事件

事件後まもなく、
オウムNo.2の村井がTVカメラの
前で刺殺される。

彼は地下鉄サリン事件の発案者であり、
現場総指揮を担ったキーマンである。

地下鉄サリン事件の口封じが目的で
殺害されたみられる。

事件のキーマンも消され、
捜査はさらに行き詰っていた。

一転して真相解明へ

翌月、林郁夫(無期懲役)が
自転車窃盗容疑で逮捕された。

彼は浅原や教団に不満を持っていた。

 「私が地下鉄にサリンを撒いた」
地下鉄サリン事件のことを自供。
これをきっかけに捜査は一気に進展する。

日本赤軍による山岳ベース事件と並ぶ、
日本史上に残る狂気の大事件であった。

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