震災当日(3/11) 旦那が仙台出張……

東日本大震災

2011年3月11日14:45に発生。
その数十分後に波高10m以上の津波が直撃。
その被害はどのくらいであったのか?

死者・行方不明者に自殺・衰弱など関連死を
合わせると死者は2万人以上。
全壊半壊家屋40万戸、被害総額17兆円という
想像を絶する規模であった。

地震規模

震源地は宮城県沖70km、深さ24km。
マグニチュード9、震度7であった。
史上最大規模の地震の規模といえる。

原発事故

東京電力福島第一原子力発電所に
波高15mの津波が襲う。
1~4号機が破壊され、原子炉が冷却不能に。
1~3号機はメルトダウンという
最悪の事態になった。

原子炉からキノコ雲が上がり、
大量の放射性物質が漏れ、
チェルノブイリと同等の事故と記録された。

建物被害

全壊12万戸、半壊28万戸、一部破損73万戸、
浸水1.5万戸の被害が出た。
4000の道路と1100の鉄道が損壊した。

現場作業員
 「ここが日本とは信じられない……」

死者・行方不明者

約18500人。
行方不明者を含めば
90%以上が溺死と考えられる。
圧死などは5%未満であった。

避難民も47万人おり、
地震よりも津波による被害
圧倒的に大きかった。

津波による死亡

半分は水中に引きずり込まれての溺死。
半分は流されている最中に
漂流物が体に激突して出血や内臓破裂で死亡。
木片や鉄骨がものすごい勢いでぶつかってくる。

津波と一緒に流されるのは大変危険である。
すぐにボートや屋根など、
水中から出なくてはいけない。

ただし、
油断して津波で死亡する人が最も多い。
財布など、忘れ物をとりに帰って、
そのまま帰らぬ人になったケースなど。
すぐに避難すれば助かったと思われる。

今回の津波映像を見た人なら、
もう財布をとりに戻る気など起らないだろう。

車には乗らない

車に乗ったままの若い死者が多かった。
車で逃げても、渋滞して終わり。
水平に逃げてもまったく意味なし。
水圧でドアも開かなくなる。

近くのマンションなど、
すぐに鉄筋コンクリートの建物に行く方が
よっぽどマシ。

もっとも有効な乗り物

途中まで自転車、坂で徒歩に切り替えが
もっとも有効である。
坂になったら自転車を乗り捨てて猛ダッシュで
駆け上がろう。

自転車は助かった後にも大変役立つ。
余裕があれば津波が引いた後に回収するといい。

津波てんでんこ

津波が来たら物にも人にも構わずに
各自てんでんバラバラに高台に避難しろ、の意。
「津波が来たら、振り向くな」

救助する人が巻き添えで死亡するなどの
共倒れを防ぐのが目的であり、
自分が助かれば他人はどうでもいい、
という意味ではない。

真っ先に逃げる者がいることで
他者が続き、救われる命が増えるのだ。

死を覚悟した人の心理

目線と同じ高さに津波があれば、
まず助からない。

津波を目の前にして絶望し、死を覚悟する。
しかし、ほとんどの人間は5秒後にまた怖くなり
やっぱり死にたくないとパニックを起こす。

命が尽きるまで本当に冷静な人は、ごく僅か。

探す物

助かった人が家に戻ってまず探すのは写真である。
家財道具や車など、目に見える財産を失うよりも
思い出を失うダメージの方が大きいようだ。

震災観光

栃木や茨城ナンバーの車に乗った若者が
面白半分に震災地をドライブしに来て
渋滞を悪化させた。

さらに現地を観光地かのように
撮影しまくってヒンシュクを買った。
死体が眠っているであろうガレキの前に立ち
笑顔で記念撮影など、頭が壊れている若者もいた。

火事場泥棒

窃盗の被害は深刻であった。

死体から貴金属・金歯・財布を奪ったり、
夜には窃盗団が組織的に活動した。
自警団を結成していた地域も多い。

日本語ではない言語を話していた
窃盗団も多かったとのこと。

マスゴミ

「親を亡くされた子供さん知りませんか?」
などと避難所で聞いて回り
家族が死んだ人や親が死んだ子供に
「どんな気持ち?」などと
えげつないことを聞いて回る者もいた。

天罰

石原都知事「天罰だ」
この言葉はバッシングを受けていたが、
的を射ているとも感じる。
なぜなら、津波は想定内だったからだ。

「ここより下に住むべからず」
昔の人が後世のために残した石碑が
東北にはたくさんある。
さらに、
現代の津波到達域の看板
いろんな坂の途中にある。

にもかかわらず、その下に街が広がっている。
津波はまたそこに押し寄せただけ。
人間というのは、たった100年の歳月で
歴史から学ぶことを忘れてしまうようだ。

震災編
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